賃金支払いの5原則
1.賃金支払いにおける法規制
賃金は労働者の生活の経済的基盤として極めて重要ですが、その支払い方法について、労働基準法は第24条で次のように定めています。
【参考】労働基準法(抜粋)
(賃金の支払)
第二十四条 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。
2 賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第八十九条において「臨時の賃金等」という。)については、この限りでない。
上の条文を一読していただくとお分かりいただけると思いますが、第24条の第1項に定められた内容が、通貨払いの原則、直接払いの原則、全額払いの原則と言われ、第2項に定められた内容が、毎月払いの原則、一定期日払いの原則と言われるものです。合計5つの原則がありますが、一般に、これら5つの原則を「賃金支払いの5原則」と呼んでいます。それでは、5つの原則を順次掘り下げて見ていきましょう。
2.通貨払いの原則
通貨払いの原則とは、賃金は通貨で支払わなければならず、現物給与での支払いは許されないという原則で、賃金の支払いを、現代の貨幣経済社会の中ではもっとも安全・便利で有利な交換手段と言える通貨によってすることを義務付けたものです。ただし、例外として、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払うことができます。
(1)通貨とは
通貨とは「通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律」第2条第1項に「通貨の額面価格の単位は円とし、その額面価格は一円の整数倍とする。」、同条第3項に「第一項に規定する通貨とは、貨幣及び日本銀行法(平成九年法律第八十九号)第四十六条第一項の規定により日本銀行が発行する銀行券をいう。」と定められていますが、要するに、我々の日常生活で流通している円の貨幣と紙幣のことを言います。小切手や外国通貨はここでいう通貨ではありませんので、小切手や外国通貨により賃金を支払うことはできません。
(2)通貨以外のもので支払うことができる場合
通貨払いの原則の例外、つまり、通貨以外のもので支払うことができる場合として、労働基準法第24条は次の2つの場合を定めています。
①法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合現在、通貨払いについて別段の定めをした法令はありません。労働協約に別段の定めがある場合は、通貨以外のもので支払うことができます。
②厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合使用者は、労働者の同意を得た場合には、賃金の支払について次の方法によることができます(労働基準法施行規則第7条の2)。
a.当該労働者が指定する銀行その他の金融機関に対する当該労働者の預金又は貯金への振込み(賃金の全額が賃金支払日に払い出せることが必要)
b.当該労働者が指定する所定の金融商品取引業者に対する当該労働者の預り金(一定の要件を満たしたもの)への払込み
C.退職手当の支払については、a、bのほかに、銀行その他の金融機関の振出小切手、銀行その他の金融機関が支払保証をした小切手、又は、株式会社ゆうちょ銀行が発行する普通為替証書及び定額小為替証書
3.直接払いの原則
直接払いの原則とは、賃金は直接労働者に支払わなければならないという原則で、賃金支払いにおいて、中間搾取の弊害を防止するため、使用者と労働者の間に労働者以外の第三者を介在させることを禁じたものです。例えば、労働者の親や、借金等で労働者に対する債権を有する者へ賃金を支払うことは、直接払いの原則に反するものとして禁止されています。
使者に対する支払い
少し紛らわしいのですが、賃金を使者に対して支払うことは、直接払いの原則に反するものとはされず、直接支払っているものとして許されています(昭和63年3月14日基発第150号)。例えば、労働者AがBに対して「賃金を受け取ってきて欲しい。」と依頼し、Bがその依頼に基づいて使用者のところへ行き、使用者CがBに労働者Aに対する賃金を支払うことは、Bは労働者Aの単なる使者であり直接払いの原則に反する第三者ではないので、直接支払うものとして許されています。
ただし、使者に対する支払いをする形態は。支払った後に、実は労働者AはBに使者の依頼をしていなかったことが判明するとか、Bが賃金を受け取っていないと言い出すとかといったことが起こらないとは言いきれない形態であることは否定できません。したがって、使者に対する支払いをするにあたっては、使用者にはBが本当に労働者Aから依頼を受けて賃金を受け取りに来ているのかを確認し、間違いなくBに支払いをした証拠を残す必要があると言えますし、実務上はできるだけ避けた方が良いと思われます。
4.全額払いの原則
全額払いの原則とは、賃金は一部を控除したりせずに、その全額を控除しなければならないという原則です。この原則には次の2つの例外が定められています。
(1)法令に別段の定めがある場合
法令に別段の定めがある場合は、使用者は賃金の一部を控除して支払うことができます。例としては、源泉所得税や社会保険料の控除等が挙げられます。
(2)労使の書面による協定がある場合
当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、使用者は賃金の一部を控除して支払うことができます。例としては、社宅使用料、生命保険料、組合費や職員懇親会の会費徴収等が挙げられます。
5.毎月払いの原則と一定期日払いの原則
賃金は、一定の期日を定めて支払わなければなりません。毎月25日とか月末にに支払うというように特定の期日をもって定める必要があります。毎月第4金曜日というように、曜日をもって定めることは、月によって日付が変動することとなるため認められていません。
定めた支払い期日が休日にあたる場合は、その直前の平日に繰り上げて又は直後の平日に繰り下げて支払うことが認められています。ただし、その支払い期日が月末である場合に繰り下げると、その月に支払いが無いこととなってしまい、毎月払いの原則に反してしまうことになるため、支払い期日が月末である場合はその日が休日であっても繰り下げることはできません。
毎月払いの原則と一定期日払いの原則の例外
臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金については、毎月払いの原則と一定期日払いの原則によらずに支払うことができます(労働基準法施行規則第8条)。これらをまとめると、毎月払いの原則と一定期日払いの原則の例外が認められる賃金は次のとおりとなります。
①臨時に支払われる賃金
②賞与
③一箇月を超える期間の出勤成績によつて支給される精勤手当
④一箇月を超える一定期間の継続勤務に対して支給される勤続手当
⑤一箇月を超える期間にわたる事由によつて算定される奨励加給又は能率手当