神戸三宮の社労士コラム

神戸三宮の社会保険労務士による労働社会保険の解説やその他についてのコラムです。

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コラム

賃金支払いの5原則

1.賃金支払いにおける法規制

 賃金は労働者の生活の経済的基盤として極めて重要ですが、その支払い方法について、労働基準法は第24条で次のように定めています。


【参考】労働基準法(抜粋)

(賃金の支払)
第二十四条 賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。
 2 賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない。ただし、臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金(第八十九条において「臨時の賃金等」という。)については、この限りでない。


 上の条文を一読していただくとお分かりいただけると思いますが、第24条の第1項に定められた内容が、通貨払いの原則、直接払いの原則、全額払いの原則と言われ、第2項に定められた内容が、毎月払いの原則、一定期日払いの原則と言われるものです。合計5つの原則がありますが、一般に、これら5つの原則を「賃金支払いの5原則」と呼んでいます。それでは、5つの原則を順次掘り下げて見ていきましょう。

 

2.通貨払いの原則

 通貨払いの原則とは、賃金は通貨で支払わなければならず、現物給与での支払いは許されないという原則で、賃金の支払いを、現代の貨幣経済社会の中ではもっとも安全・便利で有利な交換手段と言える通貨によってすることを義務付けたものです。ただし、例外として、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払うことができます。

(1)通貨とは

 通貨とは「通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律」第2条第1項に「通貨の額面価格の単位は円とし、その額面価格は一円の整数倍とする。」、同条第3項に「第一項に規定する通貨とは、貨幣及び日本銀行法(平成九年法律第八十九号)第四十六条第一項の規定により日本銀行が発行する銀行券をいう。」と定められていますが、要するに、我々の日常生活で流通している円の貨幣と紙幣のことを言います。小切手や外国通貨はここでいう通貨ではありませんので、小切手や外国通貨により賃金を支払うことはできません。

(2)通貨以外のもので支払うことができる場合

 通貨払いの原則の例外、つまり、通貨以外のもので支払うことができる場合として、労働基準法第24条は次の2つの場合を定めています。

①法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合

 現在、通貨払いについて別段の定めをした法令はありません。労働協約に別段の定めがある場合は、通貨以外のもので支払うことができます。

②厚生労働省令で定める賃金について確実な支払の方法で厚生労働省令で定めるものによる場合

 使用者は、労働者の同意を得た場合には、賃金の支払について次の方法によることができます(労働基準法施行規則第7条の2)。

a.当該労働者が指定する銀行その他の金融機関に対する当該労働者の預金又は貯金への振込み(賃金の全額が賃金支払日に払い出せることが必要)

b.当該労働者が指定する所定の金融商品取引業者に対する当該労働者の預り金(一定の要件を満たしたもの)への払込み

C.退職手当の支払については、a、bのほかに、銀行その他の金融機関の振出小切手、銀行その他の金融機関が支払保証をした小切手、又は、株式会社ゆうちょ銀行が発行する普通為替証書及び定額小為替証書

 

3.直接払いの原則

 直接払いの原則とは、賃金は直接労働者に支払わなければならないという原則で、賃金支払いにおいて、中間搾取の弊害を防止するため、使用者と労働者の間に労働者以外の第三者を介在させることを禁じたものです。例えば、労働者の親や、借金等で労働者に対する債権を有する者へ賃金を支払うことは、直接払いの原則に反するものとして禁止されています。

 使者に対する支払い

 少し紛らわしいのですが、賃金を使者に対して支払うことは、直接払いの原則に反するものとはされず、直接支払っているものとして許されています(昭和63年3月14日基発第150号)。例えば、労働者AがBに対して「賃金を受け取ってきて欲しい。」と依頼し、Bがその依頼に基づいて使用者のところへ行き、使用者CがBに労働者Aに対する賃金を支払うことは、Bは労働者Aの単なる使者であり直接払いの原則に反する第三者ではないので、直接支払うものとして許されています。
 ただし、使者に対する支払いをする形態は。支払った後に、実は労働者AはBに使者の依頼をしていなかったことが判明するとか、Bが賃金を受け取っていないと言い出すとかといったことが起こらないとは言いきれない形態であることは否定できません。したがって、使者に対する支払いをするにあたっては、使用者にはBが本当に労働者Aから依頼を受けて賃金を受け取りに来ているのかを確認し、間違いなくBに支払いをした証拠を残す必要があると言えますし、実務上はできるだけ避けた方が良いと思われます。

 

4.全額払いの原則

 全額払いの原則とは、賃金は一部を控除したりせずに、その全額を控除しなければならないという原則です。この原則には次の2つの例外が定められています。

(1)法令に別段の定めがある場合

 法令に別段の定めがある場合は、使用者は賃金の一部を控除して支払うことができます。例としては、源泉所得税や社会保険料の控除等が挙げられます。

(2)労使の書面による協定がある場合

 当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、使用者は賃金の一部を控除して支払うことができます。例としては、社宅使用料、生命保険料、組合費や職員懇親会の会費徴収等が挙げられます。

 

5.毎月払いの原則と一定期日払いの原則

 賃金は、一定の期日を定めて支払わなければなりません。毎月25日とか月末にに支払うというように特定の期日をもって定める必要があります。毎月第4金曜日というように、曜日をもって定めることは、月によって日付が変動することとなるため認められていません。
 定めた支払い期日が休日にあたる場合は、その直前の平日に繰り上げて又は直後の平日に繰り下げて支払うことが認められています。ただし、その支払い期日が月末である場合に繰り下げると、その月に支払いが無いこととなってしまい、毎月払いの原則に反してしまうことになるため、支払い期日が月末である場合はその日が休日であっても繰り下げることはできません。

毎月払いの原則と一定期日払いの原則の例外

 臨時に支払われる賃金、賞与その他これに準ずるもので厚生労働省令で定める賃金については、毎月払いの原則と一定期日払いの原則によらずに支払うことができます(労働基準法施行規則第8条)。これらをまとめると、毎月払いの原則と一定期日払いの原則の例外が認められる賃金は次のとおりとなります。

①臨時に支払われる賃金
②賞与
③一箇月を超える期間の出勤成績によつて支給される精勤手当
④一箇月を超える一定期間の継続勤務に対して支給される勤続手当
⑤一箇月を超える期間にわたる事由によつて算定される奨励加給又は能率手当

2020年04月03日

最低賃金について

1.賃金額に対する規制

(1)最低賃金法による賃金額の規制

 「労働条件は、労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきもの」(労働基準法第2条第1項)ですが、労働者の生活の経済的基盤となる賃金額は、極めて重要な労働条件です。また、一般的に使用者に比べて経済的立場が弱い労働者は、極めて低廉な賃金で労働を提供せざるを得なくなる恐れがあります。そこで、最低賃金法という法律で賃金の支払い額に最低限度、いわゆる最低賃金の規制が設けられています。
 最低賃金額は、時間によって定めるものとされています(最低賃金法第3条)。
 労働者の同意があっても最低賃金を下回る賃金での契約は認められず、例え最低賃金より低い賃金で労働契約を締結したとしても、その部分については無効とされ、最低賃金額で契約したものとみなされます(最低賃金法第4条第2項)。

(2)地域別最低賃金と特定最低賃金

 最低賃金には、各都道府県地域のすべての労働者とその使用者に適用される「地域別最低賃金」と、各特定の産業に従事する労働者とその使用者に適用される「特定最低賃金」があります。
 「地域別最低賃金」は、パートタイマー、アルバイト、非常勤職員、臨時職員、嘱託などの雇用形態や呼称には関係なく、各都道府県内の事業場で働くすべての労働者とその使用者に適用されますが、「特定最低賃金」は、18歳未満又は65歳以上の労働者、雇入れ後一定期間未満の技能習得中の労働者、その他当該産業に特有の軽易な業務に従事する労働者には適用されないこととなっています。
 「地域別最低賃金」も「特定最低賃金」も、それぞれ都道府県ごとに定められていますが、これらの最低賃金が競合する場合においては、それらにおいて定められている最低賃金額のうち最高のものが最低賃金として適用されます(最低賃金法第6条第1項)。

【厚生労働省ホームページ公表資料】

 

(3)最低賃金の減額の特例

 最低賃金を一律に適用するとかえって雇用機会を狭めるおそれなどがあるため、次の労働者については、使用者が厚生労働省令で定めるところにより都道府県労働局長の許可を受けたときは、個別に最低賃金の減額することができる特例が認められています(最低賃金法第7条)。
①精神又は身体の障害により著しく労働能力の低い者
②試の使用期間中の者
③職業能力開発促進法(昭和四十四年法律第六十四号)第二十四条第一項の認定を受けて行われる職業訓練のうち職業に必要な基礎的な技能及びこれに関する知識を習得させることを内容とするものを受ける者であって厚生労働省令で定めるもの
④軽易な業務に従事する者その他の厚生労働省令で定める者

(4)派遣労働者の最低賃金

 派遣労働者については、派遣元事業場に適用される最低賃金ではなく、派遣先事業場に適用される最低賃金が適用されます。例えば、兵庫県の派遣会社から派遣先企業の大阪府にある事業場に派遣されて労働する派遣労働者の場合には、大阪府の地域別最低賃金(その派遣先の事業場に特定最低賃金が適用される場合は特定最低賃金)が適用されます(最低賃金法第13条)。

 

 

2.最低賃金の適用の実務

 

(1)最低賃金法の規制対象となる賃金

 次の賃金は最低賃金の対象とならないものとされています(最低賃金法第4条第3項)。したがって、最低賃金による基準を満たしているかどうかの計算においては、支払われる賃金から以下の賃金を除外した賃金で計算する必要があります。
【最低賃金の対象とならない賃金】
(1)臨時に支払われる賃金(結婚手当など)
(2)1箇月を超える期間ごとに支払われる賃金(賞与など)
(3)所定労働時間を超える時間の労働に対して支払われる賃金(時間外割増賃金など)
(4)所定労働日以外の労働に対して支払われる賃金(休日割増賃金など)
(5)午後10時から午前5時までの間の労働に対して支払われる賃金のうち、通常の労働時間の賃金の計算額を超える部分(深夜割増賃金など)
(6)精皆勤手当、通勤手当及び家族手当

 

(2)最低賃金の確認の計算

 実務においては、(1)で説明した最低賃金法の規制対象となる賃金の額が最低賃金額以上となっているかどうかの確認が必要となります。最低賃金の対象となる賃金額を以下の方法で計算し、当該事業場に適用されているる最低賃金額と方法で比較して確認します。

【最低賃金の計算方法と確認】
1. 時間給の場合
「時間給」が、最低賃金額(時間額)以上となっているかを確認。
2. 日給の場合
「日給÷1日の所定労働時間」が、最低賃金額(時間額)以上となっているかを確認。
※ただし、日額が定められている特定(産業別)最低賃金が適用される場合には、
「日給」が、最低賃金額(日額)以上となっているかを確認。
3. 月給の場合
「月給÷1箇月平均所定労働時間が最低賃金額(時間額)」以上となっているかを確認。
4. 出来高払制その他の請負制によって定められた賃金の場合
「出来高払制その他の請負制によって計算された賃金の総額を、当該賃金算定期間において出来高払制その他の請負制によって労働した総労働時間数で除した金額」が、最低賃金(時間額)
5. 上記1〜4の組み合わせの場合
 それぞれ賃金ごとに上記の計算方法で時間額に換算し、それらの合計額が、最低賃金額(時間額)以上となっているかを確認。
 ※例えば基本給が日給制で各手当(能率手当等)が出来高制の場合は、それぞれ上の2、 4の式により時間額に換算し、それらの合計額が、最低賃金額(時間額)以上となっているかを確認。

 

(3)最低賃金の周知義務

 最低賃金の適用を受ける使用者は、次の事項を常時作業場の見やすい場所に掲示し、又はその他の方法で、労働者に周知させるための措置をとらなければなりません(最低賃金法第8条、同法施行規則第6条)。
①最低賃金の適用を受ける労働者の範囲及びこれらの労働者に係る最低賃金額
②最低賃金に算入しない賃金
③効力発生年月日

2020年04月03日

賃金とは

賃金と労働基準法

 賃金は、数ある労働条件の中でも最も基本的なものです。労働条件には様々なものがありますが、労働者は対価としての賃金を得るために労務を提供し、その賃金を得て生計を支えているのですから、このことに異論は無いと思います。
 労働基準法では労働者保護の観点から、賃金の支払(労働基準法第24条)だけでなく、解雇予告手当(第20条)、休業手当(第26条)、年次有給休暇期間の賃金(第39条第6項)、療養補償(第75条)、休業補償(第76条)、障害補償(第77条)、遺族補償(第79条)、葬祭料(第80条)、打切補償(第81条)、分割補償(第82条)、制裁規定の制限(第91条)等、労働者を経済面で保護する規定を数多く置いています。
 これら、解雇予告手当(第20条)、休業手当(第26条)、年次有給休暇期間の賃金(第39条第6項)、療養補償(第75条)、休業補償(第76条)、障害補償(第77条)、遺族補償(第79条)、葬祭料(第80条)、打切補償(第81条)、分割補償(第82条)、制裁規定の制限(第91条)における金額算定の基礎として用いられるのが平均賃金であり、その計算方法は労働基準法第12条に定められています(平均賃金については本稿ではここまでの説明といたします。)。

 

労働基準法上の賃金とは

 労働基準法では具体的にどのようなものが賃金とされているのでしょうか。
 労働基準法第11条では、「この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。」と定め、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものは名称の如何を問わず賃金であるとして定義しています。


【参考】労働基準法(抜粋)

(定義)
第十一条 この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。


 しかしながら、この、「労働の対償」に該当するものであるかどうかの判断は、現実には相当に困難を伴うことがあり、これまでに多くの行政通達や判例があります。以下にそれらをまとめた表を記載しますが、個々の事案によって、手当の名称や概要がこれらの先例にある手当等と類似していても、詳細をみたときには性質を異にしている可能性もあります。判断を誤ると、賃金不払いの原因となる問題でもありますので、その点に留意のうえ参考としてご覧下さい。

 

【表】労働基準法で賃金となるものとならないもの

賃金とされるもの 賃金とされないもの
事業主の負担する労働者の所得税等(健康保険料、厚生年金保険料、雇用保険料等を含む。)は賃金とみる(63・3・14基発150)。 結婚祝金、死亡弔慰金、災害見舞金等の恩恵的給付は原則として賃金とみなさぬ。但し、結婚手当等であって労働協約、就業規則、労働契約等によって予め支給条件の明確なものは賃金である(昭22・9・13発基17)。
スト妥結一時金は臨時の賃金である(昭28・3・20基発137)。 福利厚生施設と見られるもの(昭22・9・13発基17)。
(福利厚生施設の範囲はなるべくこれを広く解釈すること(昭22・12・9基発452)。)
航空機乗務員が、通常の業務として、航空機に一定区間乗務する場合に支給される乗務日当は、その目的は主として航空機に乗務することによって生ずる疲労の防止及び回復を図ることにあり、一種の特殊作業手当とみるべきものであり、賃金と認められる(昭36・5・16 35基収7006)。 臨時に支払われる物その他の利益。祝祭日、会社の創立記念日又は労働者個人の吉凶禍福に対して支給されるもの(昭22・12・9基発452)。
「退職金は、就業規則においてその支給条件が予め明確に規定され、会社が当然にその支払義務を負うものというべきであるから労基法11条の「労働の対償」としての賃金に該当し、・・・」(最高裁第二小法廷昭48・1・19) 労働者より代金を徴収するもの
(昭22・12・9基発452)。
(但し、その徴収金額が実際費用の三分の一以下のときは、徴収額と実際費用の三分の一との差額を賃金と見る。)
結婚手当等であって労働協約、就業規則、労働契約等によって予め支給条件の明確なものは賃金である(昭22・9・13発基17)。 チップは賃金ではない(昭23・2・3基発164)。
民間企業の退職金も、権利として確定しているものについては、本条に言う労働の対償としての賃金に該当し、その支払については、性質の許すかぎり、直接払いの原則が適用される(最高裁第三小法廷昭43・5・28)。
※国家公務員等退職手当法についても、労働基準法上の賃金であるとする判例あり。
制服、作業衣等業務上必要の被服の貸与は賃金ではない(昭23・2・20基発297)。
住宅資金の積立を勧奨し助成することを目的とする積立金制度の一環として、一定の勤続年数及び一定年齢以上の者に支給されている住宅助成金は賃金の一種である(東京地裁昭48・9・26)。 法定額を超えて支給される休業補償費は賃金に含まれぬ(昭25・12・27基収3432)。
  役職員交際費は賃金ではない(昭26・12・27基収6126)。
  作業用品代は損料又は実費弁償と認められ賃金ではない(昭27・5・10基収2162)。
  福利厚生のために使用者が負担する生命保険料等補助金は賃金でない(昭63・3・14基発150)
  社宅の無償供与は入居者に対する賃金の一部とは認められない(熊本地裁玉名支部昭39・5・19)。
  生命保険を利用した退職金準備金としての積立金は、生命保険の保険料であって、賃金でも、会社の預り金でもない(東京地裁平9・3・24)。

 

2020年03月30日

就業規則について

1.就業規則の位置づけ

 規模の大小はあっても、組織には必ずルールが必要です。それが、会社のように公的で継続的な組織であれば、なおさらのことだと言えるでしょう。適切に定められたルールは、組織の運営を円滑にし、トラブルの発生を予防し、もしもトラブルが発生してしまった時にはその解決の拠り所となります。
 労働基準法では、一定以上の規模の事業場における就業規則の作成・届出義務を定めていますが、それに満たない規模の事業場においても、労働者を使用して運営する組織である以上は就業規則を作成しておくのが望ましいのは言うまでもありません。法律上の作成・義務うんぬん以前に、就業規則は会社にとって極めて重要な会社の基本的ルールだと言えます。

 

2.労働基準法における就業規則とは

(1)就業規則の作成・届出義務

 就業規則の作成・届出義務について、労働基準法では第89条において、「常時10人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても同様とする。」とし、一定以上の規模の事業場における就業規則の作成・届出義務を定めています。
 ここで、事業場とは労働基準法の適用単位であり、いわゆる会社とは異なります。1つの会社であっても、複数の事業場がある場合には、常時10人以上の労働者を使用する事業場毎に就業規則を作成・届出しなければなりません(ただし、一定の要件を満たしており所定の届出をすることにより、本社で一括して各事業所分の届出をすることは可能です。)。
 なお、この義務に違反した場合には、30万円以下の罰金が規定されています(労働基準法第120条第1号)。


[参考]労働基準法(抜粋)

(作成及び届出の義務)
第八十九条 常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。
一 始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて交替に就業させる場合においては就業時転換に関する事項
二 賃金(臨時の賃金等を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
三 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)
三の二 退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項
四 臨時の賃金等(退職手当を除く。)及び最低賃金額の定めをする場合においては、これに関する事項
五 労働者に食費、作業用品その他の負担をさせる定めをする場合においては、これに関する事項
六 安全及び衛生に関する定めをする場合においては、これに関する事項
七 職業訓練に関する定めをする場合においては、これに関する事項
八 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する定めをする場合においては、これに関する事項
九 表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項
十 前各号に掲げるもののほか、当該事業場の労働者のすべてに適用される定めをする場合においては、これに関する事項


 

(2)就業規則の定め方から届出まで

①就業規則に定めなければならない事項

 前述の労働基準法第89条規定中の「次に掲げる事項」の各号を表にすると次の通りとなります。

就業規則に定めなければならない内容
始業及び就業の規則、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて交代に就業させる場合においては就業時転換に関する事項
賃金(臨時の賃金等を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
退職に関する事項(解雇の事由を含む。)
3の2 退職手当の定めをする場合においては、適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項
4 臨時の賃金等(退職手当を除く。)及び最低賃金額の定めをする場合においては、これに関する事項
5 労働者に食費、作業用品その他の負担をさせる定めをする場合においては、これに関する事項
6 安全及び衛生に関する定めをする場合においては、これに関する事項
7 職業訓練に関する定めをする場合においては、これに関する事項
8 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する定めをする場合においては、これに関する事項
9 表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項
10 前各号に掲げるもののほか、当該事業場の労働者のすべてに適用される定めをする場合においては、これに関する事項

 表の1から3号の事項については、就業規則に必ず定めなければならないこととされており、3の2から10号の事項については、「~する場合においては、」という前置きから始まっており、それぞれ所定の定めをする場合においてのみ就業規則に定めなければならないこととされいます。このことから、1から3の事項は「絶対的記載事項」、③の2~⑩の事項は「相対的記載事項」とよばれています。
 就業規則には、絶対的記載事項及び相対的記載事項のうち必要な事項についての定めがなされなければならないことは既に述べたとおりですが、もちろん各事項の定めにおいては、労働基準法をはじめとする各種の関係法令に反さないようにすることが必要です。

②別規程の作成

 上記①で述べた就業規則に定めなければならない事項のうち、その任意の一部についてを、例えば賃金規程、退職金規程やパートタイマー就業規則等の別規程にすることが可能です(平11.1.29基発45号)。
 ただし、この場合はこれらの別規程を合わせたものが、全体として労働基準法第89条で定められた就業規則とされています(昭63.3.14基発150号)。
 例えば正社員とパート社員等で労働条件が大きく異なっている場合などでは、一つの就業規則を両方に適用するように作成するよりも、正社員就業規則とパート社員就業規則といったように、別規程の就業規則とした方が分かりやすく便利にできるでしょう。このように別規程を上手く作成すると、スマートで分かりやすい社内規程の体系を構築することができます。
 なお、別規程を作成する際には、元の就業規則と別規程の間に矛盾があったり、どちらを適用すればよいかが不明瞭な部分があると、折角の規程がかえって無用なトラブルを招きかねません。したがって、何を別規程の対象にして何を定めるのかを明確にして、慎重な検討のうえで元の就業規則と別規程を作成しておくことが非常に重要です。

③就業規則作成・届出の手順


[参考]労働基準法(抜粋)

(作成の手続)
第九十条 使用者は、就業規則の作成又は変更について、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならない。
2 使用者は、前条の規定により届出をなすについて、前項の意見を記した書面を添付しなければならない。


 使用者は、就業規則の作成又は変更について、当該事業場に、労働者の過半数を代表する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならないとされており(労働基準法第90条第1項)、届出をする際には、それらの意見を記した書面を添付しなければなりません(同条第2項)。

 

(3)就業規則の周知義務

 以上により作成・届出した就業規則を、使用者は、常時各作業場の見やすい場所に掲示し、または備えつけ、書面交付、磁気テープ等に記録し、記録内容を常時確認できる機器の設置等の方法によって、労働者に周知させなければなりません(労働基準法第106条第1項、労働基準法施行規則第52条の2)。


[参考]労働基準法(抜粋)

(法令等の周知義務)
第百六条 使用者は、この法律及びこれに基づく命令の要旨、就業規則、第十八条第二項、第二十四条第一項ただし書、第三十二条の二第一項、第三十二条の三第一項、第三十二条の四第一項、第三十二条の五第一項、第三十四条第二項ただし書、第三十六条第一項、第三十七条第三項、第三十八条の二第二項、第三十八条の三第一項並びに第三十九条第四項、第六項及び第九項ただし書に規定する協定並びに第三十八条の四第一項及び同条第五項(第四十一条の二第三項において準用する場合を含む。)並びに第四十一条の二第一項に規定する決議を、常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること、書面を交付することその他の厚生労働省令で定める方法によつて、労働者に周知させなければならない。
○2 使用者は、この法律及びこの法律に基いて発する命令のうち、寄宿舎に関する規定及び寄宿舎規則を、寄宿舎の見易い場所に掲示し、又は備え付ける等の方法によつて、寄宿舎に寄宿する労働者に周知させなければならない。


 

(4)就業規則の法的効力について

①法令や労働協約と就業規則の関係

 労働基準法第92条第1項に「就業規則は、法令又は当該事業場について適用される労働協約に反してはならない。」とされています。ここで、労働協約よりも労働者に有利な労働条件を定めてもだめかという疑問に対しては、「本条第1項は就業規則に労働協約所定の水準以上の労働条件を設定することまでを否定する趣旨ではないと解するべきである」とした判例がありますが(昭39.6.26大阪地)、現実には、労働条件が一定の水準以上かそうでないかは一義的に明確ではないことが少なくありません。
 また、労働基準法に「労働条件は、労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきものである。」(労働基準法第2条第1項)とされているところ、労働協約で定められた労働条件は労働者と使用者が対等の立場において決定した労働条件であると言えますので、一般的に、ある労働条件に関して労働協約を締結している事業所の場合には、当該労働条件について、就業規則には労働協約と同一の労働条件を定めることが望ましいと考えられます。
 さらに、労働基準法第1条第2項には、「この法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから、労働関係の当事者は、この基準を理由として労働条件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るように努めなければならない。」とありますから、労働協約に定める労働条件は、法令(労働基準法とそれに基づく政令及び省令等の関係法令。以下、法令という。)が定める所定の水準以上の労働条件でなければなりません。
 要約すると、就業規則に定める労働条件は、法令が定める水準以上の労働条件でなくてはならず、ある事項について労働協約がある場合には、労働協約と同一の労働条件であることが望ましいということになるでしょう。

②労働契約と就業規則の関係

 一方、就業規則と労働契約ではどうでしょうか。この点については、労働契約法第12条に「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。」と定められています。


[参考]労働基準法(抜粋)

(就業規則違反の労働契約)
第十二条 就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については,無効とする。この場合において,無効となった部分は、就業規則で定める基準による。


 

③就業規則の法的効力の優劣関係

 以上をまとめると、法令、労働協約及び労働契約と就業規則との法的効力の優劣関係は、次のとおりとなります。

     左へ行くほど効力が強い←

   法令 > 労働協約 > 就業規則 > 労働契約

 したがって、就業規則を作成・変更する場合には、法令や労働協約といった上位規範に反さないように、また、下位規範の労働契約と齟齬が生じないようにする必要があります。


2020年03月28日

休日(休日の振替と代休)

労働基準法第35条の条文について


[参考]労働基準法(抜粋)

第三十五条 使用者は,労働者に対して,毎週少くとも一回の休日を与えなければならない。
2 前項の規定は、四週間を通じ四日以上の休日を与える使用者については適用しない。


 労働基準法第35条では、休日は毎週少なくとも1回、又は、4週間を通じ4日以上を与えなければならないと定められています。どちらでも良いのかという事については、労働基準法の施行に関する件( 昭和22年09月13日発基第17号)という通達の中では、休日は毎週少なくとも1回が原則であり、4週間を通じ4日以上というのは例外であることを強調し徹底させることという趣旨が示されています。労働者の疲労回復や生活を考えても、特段の理由が無ければ、毎週少なくとも1回というのが原則と考えて良いでしょう。
 この第35条の定めによる休日は、法定休日と呼ばれています。
 なお、4週間を通じ4日以上の休日を与えることとした場合には、「就業規則その他これに準ずるものにおいて、四日以上の休日を与えることとする四週間の起算日を明らかにするものとする。」(労働基準法施行規則第12条第2項)とされているので注意が必要です。

休日の振替と代休

 休日の振替は、一般にはあまり意識せずに「週末出勤する代わりに明日は代休」などと言う場合があると思いますが、法的には、休日の振替と代休は区別されています。休日の割増賃金の発生の有無等に違いが出るため、労務管理においては意識しておく必要があります。

休日の振替

 休日の振替とは、事前に休日と定められていた日に労働させる代わりに別の労働日を休日にすることを言います。その結果、元々休日と定められていた日の労働については休日労働とはならず、その日が法定休日であったとしても休日の割増賃金は発生しないこととなります。但し、元々休日と定められていた日に労働することで、その週等の労働時間が法定労働時間を超える場合には、時間外割増賃金を支払う必要があります。

代休

 代休とは、休日と定められていた日に労働が行われた場合に、事後にその代わりとして別の労働日の労働義務を免除することを言います。この休日と定められていた日が法定休日であった場合は、事後に代わりの労働義務を免除するとしても、既に行なわれた労働が休日労働であることには変わりがありませんので、それに対して休日の割増賃金を支払う必要があります。

割増賃金以前に注意するべきこと

 休日の振替と代休のいずれの場合も、元々休日と定められていた日に労働することで、その週等の労働時間が法定労働時間を超える場合には、そもそも時間外労働をさせるにあたって労働基準法で必要とされている労使協定(36協定)の締結と届け出が必要となっていますので注意が必要です。

2020年03月24日
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